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オランウータン探訪(中央カリマンタン・タンジュンプティン国立公園)

公園の入り口になるKemaiの船着場に着いたのはまだ辺りが真っ暗、手元の時計で5時前だった。南カリマンタンのBanjarmasinに着いたのが昨日の朝10時だったから此処まで約18時間車に乗り放しだったことになる。兎に角疲労困憊、意識朦朧で体が重い。やはり日程を一日ずらして飛行機にするべきだった。通常Tanjung Putting 国立公園へ行くには最寄の空港PankalambunまでBanjarmasinかSemarangから飛行機を使うのが一般的だが、昨日(土曜日)はフライトが無かったため、Banjarmasinから車での移動を選択した。ガイドの話では10時間で行けるとのことであったし、途中中央カリマンタンを横断して、かつてスハルトが進めた100万ha開墾計画跡地、移住してきたマドウラ人が地元ダヤック人に焼き討ちに遭った街をみられると欲張ってしまったのである。途中の激しい降雨、道路工事、泥濘でトラックの立ち往生による足止め等々でこれだけかかってしまい、何度も辿り着けないと思ったが何とかなった。

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フローレス島縦断 (マウメレ〜ラブハンバジョウ)

2002年12月25日

12:20定刻より20分遅れでPelita航空の小型ジェット機はマウメレ空港に到着した。空港には予め打ち合わせをしていたMr.Konelが迎えに来てくれていた。兎に角猛烈に暑い。瞬く間に汗が吹き出て、車のエアコンが待ち遠しい。早速キジャンに乗り込み熱風から漸く冷風に変ってきたエアコンに顔を直射して漸く汗が収まってきた。一路南下して陸路約1時間でイカットで有名なSikka村へ。残念ながらクリスマス恒例の特別ミサは既に終わっており、村の中は閑散としている。車を降りて暫く歩いていると「待ってました」と言わんばかりにイカットを手にしたオバサン連中が集まり始めた。なかにはこちらに気付き水浴びを途中で止めて慌てて裸足で家に駆け込んで抱えきれないほどのイカットを手にしてくる者もいる。あっという間にオバサンの輪に取囲まれて、その輪が2重、3重にも出来てしまった。20人は居るだろう。木陰で壷を使って染色をしている工程を眺めていると突然猛烈なスコールが襲ってきて、慌てて側の家に駆け込むとそこは村長の家。「何処から来た」「子供は何人」「インドネシアは好きか」とお決まりの質問に答えているとイカットオバサン達もいつのまにか一緒に移動していてその数が更に増えている。雨宿りの玄関先がさしずめイカット市場に模様替え。最近は訪れる観光客が少ない所為か、オバサン達のセールスも熱心を通り越して強引、鬼気迫るものがある。この村のイカットは殆どが茶色をベースにしていてモチーフは花、馬、人が多い。モデルになって貰って結構たくさんの写真を撮らせてもらったので「ハイサヨウナラ」と言う雰囲気ではなく、やむなく購入を決意。肌触り、モチーフ等からして値段の幅はかなり有りそうな気がするも、どれも殆ど変らない、談合であろう。Rp500000から始まって350000迄は直ぐ下がったが、そこから下には中々下がらない。このあたりが向こうの損益分岐点であろうか?結局指値300000に妥協したオバサンから一帯買うが、このオバサンは村長夫人、即ちこの家の主、出来すぎてる感じもしたが、内政干渉はせず。「友人にも、日本の両親にも」としつこく追いすがるオバサン連中を振り切り、無事解放。再度車に乗り込み今晩の宿:クリムト山の麓モニへ。車中ギアは殆どセカンドで日光イロハ坂並みの坂道を3時間走って漸くホテル到着。標高1000mの所為か、涼しく日が落ちると若干肌寒い。ホテル(とは名ばかりのロスメン)は予想していたよりはまあ清潔。早速水浴びをするが冷水は少々きつく、お湯を沸かしてもらって、リフレッシュ、夜風が身体に心地よい。出されたコーヒーに口をつけるがジンジャーの味が強烈でとてもストレートでは飲めない、スキンミルクを入れてやっと飲めた。夕食は併設するレストランから注文したが、ビーフンゴレンは石油の匂いがして直ぐ吐き出してしまった。同行のMr.Konelも箸をつけずインドネシア人でも食べられない代物か?結局家族3人で2皿のミーアヤム(これまた不味いが他の選択肢無し)を分け合って胃に流し込む。食後の歯磨き中に突如停電、一向に普及の兆しも無く、止むを得ずそのまま20:00就寝。フローレスでの最初の一日が終わった。

 

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コモドドラゴン探訪

シンガポールの動物園でコモドドラゴンを見てからどうしても、野生の特に血に飢えてヤギを食いちぎってるくらいのワイルドな奴を見たくなった。今回フローレスを旅行するにあたって、旅行の後半部分はロンボックで十二分に家族サービスに努めることを約束しているので、家内にコモド島行きを哀願して、渋々承諾を得た。5日間のフローレス縦断を無事且つ結構大きな収穫を得て、フローレス島最西端でコモド島へのゲートウエーに到着したのは2002年12月29日午後7時過ぎ。早速安宿でシャワーを浴び、夕食兼明日の作戦策定のために歩いて町へ。予定ではフローレス〜スンバワを毎日航行するフェリーが途中コモド島に接岸することになっているため、これに乗れば意外と手軽に行けることになっている。レストランで一通りの食事を注文した後、近辺の旅行代理店でフェリーのチケットを購入しようと一軒目の代理店に入った。なんと、2000年秋頃からツーリストが少なくなった為に最近ではフェリーはコモドに寄らなくなってしまい、行くなら漁船のチャーターしかないという。俄には信じられないので、他に三軒の代理店をあたったが回答は皆同じ。なんということか、「地球の歩き方最新号」にもまた小生が一番信頼を寄せる「ロンリープラネタ」にもそんな記載は無い。大きく計画変更である。予定では明日のフェリーでコモド島に渡り、コモドのレストハウスで一泊した後フェリーでスンバワに移動して翌日スンバワからロンボックへ抜けることになっている、スンバワからの飛行機は既に予約してあり、ハイシーズンのこの時期での便の変更はリスクが高い。漁船のチャーターでコモドに行くか、思い切ってコモドを諦めあまり魅力的ではないスンバワまで行って2泊するか、何れかしかない。家内はそんなことならもうスンバワに行こうと言う、娘もやはりドラゴンは怖いと言い出す始末、小生としては折角ここまで来た以上また何時来れるか判らないのでどうしても行ってみたい、嫌がる家族を半ば無理やり説得して漁船で行くこととなった。翌朝6:00出航で漁船を予約して雨が降らないことを期待しつつ就寝。

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© KAWABATA Takero 2005, All rights reserved. 最終更新日 : 2009-03-07 23:00:47
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